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脳卒中後の口腔ケア|後遺症に合わせた歯科的サポート

脳卒中を経験されたご入居者さまは、施設ケアにおいて珍しくありません。脳卒中の後遺症は多様であり、その一つとして「口腔ケアの困難さ」が挙げられます。

片麻痺により歯ブラシを握ることが難しくなったり、嚥下障害により食事内容が変わったり、あるいは認知機能の低下により自分で口腔ケアをすることができなくなったり──脳卒中の後遺症は、単に運動機能だけでなく、口腔環境全体に大きな影響を及ぼします。

本記事では、施設スタッフさまとケアマネジャーさまの皆さんが知っておくべき、脳卒中後の口腔環境の変化、後遺症別の具体的なトラブル、そしてそれぞれに適応した口腔ケアの方法について、詳しく解説いたします。

脳卒中後の口腔環境の変化

脳卒中(脳梗塞・脳出血)を発症すると、脳への血流が遮断されたり、血管が破裂したりします。その発症部位によって、様々な後遺症が生じます。

運動機能の障害

最も一般的な後遺症が片麻痺(片側の腕や脚が動かなくなる)です。脳卒中患者のうち、約70~80%が何らかの片麻痺を経験するとされています。

この運動機能の障害は、口腔内の活動(歯磨き、食べる、飲み込む)にも直接影響します。

嚥下機能の障害

脳卒中により、飲み込みに関わる筋肉や神経が障害されることがあります。これを「嚥下障害」といい、脳卒中患者の40~50%に見られると報告されています。

嚥下障害があると、食事内容が制限され、口腔内の刺激が減少し、その結果として唾液分泌が低下することもあります。

認知機能と高次脳機能の障害

言語理解、判断力、記憶などの高度な脳機能が障害されることもあります。これにより、ご本人による自発的な口腔ケアが困難になり、指示への理解度も低下する可能性があります。

感覚障害

触覚や痛覚が低下することもあり、これは口腔内の違和感(入れ歯が当たっているなど)に気づきにくくなることを意味します。

後遺症別の口腔トラブル

脳卒中の後遺症のタイプにより、発生する口腔トラブルは異なります。

1. 片麻痺がある場合

歯磨き困難:片側の手が動かない場合、健側(動く方)の手だけでの歯磨きは、口の奥や反対側の歯を磨くのが極めて困難です。結果として、磨き残しが増え、むし歯と歯周病のリスクが急速に高まります。

食べ物の片側咀嚼:麻痺していない側でのみ食べることになるため、その側に汚れが溜まりやすくなります。また、麻痺側の舌の動きが悪い場合、食べ物の飲み込みもスムーズでなくなります。

入れ歯の装着困難:義歯(入れ歯)を装着するには両手が必要です。片麻痺がある場合、自分で装着できず、施設スタッフさまの介助が必須となります。

口周囲の感覚低下:脳卒中により麻痺側の顔面感覚が低下していることがあります。この場合、口の中に食べ物が残っていることに気づかず、むし歯が進行することもあります。

2. 嚥下障害がある場合

食事内容の制限:飲み込みの困難さから、普通食から軟食、さらにはゼリー食へと食事内容が段階的に制限されます。

刺激不足による唾液分泌低下:硬い食べ物を噛む刺激がなくなると、唾液の分泌が減少します。唾液が減ると、むし歯や歯周病のリスクが高まります。

口内の細菌増加:嚥下が困難だと、食べ物が食道に入らず、口の中に溜まることがあります。これが細菌増殖の温床となり、口内炎や歯周病が悪化しやすくなります。

誤嚥性肺炎リスク:嚥下障害があると、食物が気管に入る(誤嚥)リスクが高まります。これにより肺炎が発生することを誤嚥性肺炎といいます。口腔衛生が不良であれば、誤嚥時に危険な細菌が肺に入る可能性も高まります。

3. 認知機能が低下している場合

自発的ケアの困難:「歯を磨かなければならない」という認識が薄れ、口腔ケアへの協力が得られにくくなります。

指示理解の困難:「ここをこう磨いてください」といった指示が理解できず、ケアが効果的に行われません。

不適切な行動:記憶障害により、既に歯磨きしたことを忘れて何度も磨こうとしたり、あるいは入れ歯を紛失したり、隠したりすることもあります。

後遺症に合わせた口腔ケアの方法

では、これらのトラブルに対して、施設でどのように対応すべきでしょうか。

片麻痺がある場合のケア

環境整備:歯磨き時に、麻痺していない側に洗面台を配置し、ご本人が使いやすい環境を整えます。

特殊歯ブラシの活用:片手で使いやすい歯ブラシ(グリップが握りやすいもの)があります。訪問歯科衛生士に相談し、ご入居者さまに合ったものを選択することができます。

スタッフによる仕上げ磨き:ご本人による磨きの後、スタッフが反対側や奥歯などの磨き残しを補完する「仕上げ磨き」が重要です。片麻痺患者では、1日最低1回(理想は食後と就寝前)の仕上げ磨きが推奨されます。

入れ歯管理のスタッフ支援:義歯の装着・脱着をスタッフが支援する必要があります。また、义歯の紛失・破損防止のため、安全な保管方法を工夫します。

食事形態と咀嚼機能の評価:嚥下機能に問題がなければ、片側咀嚼を補完するため、食べやすい大きさに工夫した食事を提供することで、栄養摂取と口腔刺激の両立が可能になります。

嚥下障害がある場合のケア

言語聴覚士との連携:嚥下障害がある場合、言語聴覚士による嚥下機能の評価が重要です。施設の言語聴覚士(または他施設の専門家)と訪問歯科が連携することで、より安全な食事形態が決定されます。

咀嚼刺激の工夫:完全に流動食に近い食事になっている場合、安全な範囲で少し硬さのある食べ物(例えば、柔らかく煮たご飯、やさしいゼリー)を取り入れることで、唾液分泌を促進できます。

空嚥下(くうえんげ)運動:実際に食べ物を飲み込まずに、空で飲み込む動作を繰り返すことで、嚥下筋を鍛え、機能向上を目指す方法があります。ただし、これは言語聴覚士の指導の下で行うべきです。

高頻度の口腔ケア:嚥下障害患者は口腔内に食べ物や唾液が滞留しやすいため、口腔ケアは1日3~4回以上が必要です。特に就寝前は重要です。

抗菌性ケア製品の活用:訪問歯科医師の指導に基づいて、抗菌スプレーやマウスウォッシュを用いることで、誤嚥性肺炎リスクを低減できます。

認知機能が低下している場合のケア

ルーチン化と習慣付け:毎日同じ時間に、同じスタッフが、同じ手順でケアを行うことで、記憶障害の影響を減らします。

視覚的な支援:歯磨きをすべき時間を指し示す写真や絵を用いることで、言葉での説明に頼らないコミュニケーションが可能になります。

肯定的な声かけ:「きれいにしましょう」というポジティブな言葉かけにより、協力が得やすくなります。

スタッフによるケアの徹底:自発的なケアへの期待は低くし、スタッフが主体的に(場合によっては全介助で)口腔ケアを行うと割り切ることが重要です。

紛失・破損防止:入れ歯を隠したり、紛失したりするリスクがある場合、就寝時に安全に保管し、日中のみ使用するなど、工夫が必要です。

施設スタッフさまができるサポート

脳卒中後のご入居者さまの口腔ケアは、施設スタッフさまの取り組みなくしては成り立ちません。

1. 日々の観察と記録

口腔内の変化の気づき:毎日のケアの際に、歯ぐきの腫れ、出血、口臭、入れ歯の不適合などに気づくことが重要です。これらの情報は訪問歯科への報告につながります。

食事摂取状況の把握:どの程度の食べ物が食べられるか、むせる頻度はどうか、など、嚥下機能の変化を見守ることが重要です。

2. リハビリとの連携

リハビリの時間帯の調整:歯ブラシなどが危険な器具にならないよう、認識機能のしっかりしている時間帯でのケアが望ましいです。施設のリハビリスタッフと協力し、タイミングを調整します。

機能回復の支援:脳卒中後の片麻痺は、リハビリにより若干の改善が期待できることもあります。ご入居者さまの運動機能向上に伴い、口腔ケアの自立度も高まる可能性があります。

3. 栄養管理との協力

管理栄養士との相談:食事形態や栄養バランスについて、言語聴覚士や訪問歯科医師の評価を基に、管理栄養士と協力して最適な食事内容を決定します。

誤嚥リスク低減:嚥下障害がある場合、とろみをつけたり、温度を調整したり、食べる速度を落とすなど、栄養面と安全面の両立を図ります。

訪問歯科との連携の重要性

脳卒中後のご入居者さまの場合、訪問歯科による月2回の歯科医師訪問と月4回の衛生士訪問は、特に重要な役割を果たします。

嚥下機能の評価と食事形態の提案

訪問歯科医師は、ご入居者さまの嚥下機能を専門的に評価し、どの程度の固さの食べ物が安全かを判定することができます。これに基づいて、施設の言語聴覚士や管理栄養士と協力し、安全かつ栄養的な食事形態が決定されます。

認知機能に応じた治療計画の立案

認知機能が低下している場合でも、むし歯や歯周病は進行します。訪問歯科医師は、ご入居者さまの認知機能レベルに配慮した、現実的で無理のない治療計画を立案します。

片麻痺による麻痺側の評価

脳卒中後の麻痺側の歯や歯ぐきに特別な注意が必要な場合があります。訪問歯科医師は、麻痺側の感覚低下に対応した診査・診断を行います。

主治医(脳神経内科医など)との情報共有

脳卒中の経過、現在服用している薬剤(特に抗血栓薬)、リハビリの状況などについて、訪問歯科と内科医が情報共有することで、より安全で効果的な歯科治療が実現します。

まとめ

脳卒中の後遺症は多様であり、その影響は口腔環境全般に及びます。片麻痺、嚥下障害、認知機能低下などの後遺症を持つご入居者さまは、通常のご高齢者よりも、より密接な口腔ケアと専門的な歯科サポートを必要とします。

施設スタッフさまとケアマネジャーさまの皆様が、ご入居者さまの具体的な後遺症を理解し、それぞれに適応したケア方法を実践することで、誤嚥性肺炎の予防、むし歯や歯周病の防止、そして食べる喜びの維持につながるのです。

加えて、訪問歯科医師と歯科衛生士によるの定期訪問が、このケアをさらに専門的かつ包括的にサポートします。脳卒中後のご入居者さまの健康と生活の質を守るためには、施設と訪問歯科の確かな連携が不可欠です。

新聖会の訪問歯科チームは、脳卒中後のご入居者さまの複雑な口腔ニーズに、全力で対応いたします。


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